俗・さよなら絶望先生 11話 感想&考察

今回は、オタクに寄り添ったネタが多かった。 

 

今回のオープニングは、スタッフ名がゴシック体で大きく表示されただけのシンプルなものだった。また、いつもは3編のところを1編削って2編にしており、制作スケジュールの厳しさがうかがえる。

 

【黒い十二人の絶望少女】題名がいかにもシスタープリンセスを連想させる。ここに来て、萌えアニメファンを取り込む作戦か。絶望探偵は、絶叫邸で起きた殺人事件の捜査に来ていた。途中、airのどろりピーチや海岸を思わせる描写があった。テレビ版と劇場版の違いが話題になるあたり、airの熱狂的なファンが本作品の視聴者に多いと制作スタッフは読んでいるのだろうか。絶叫の息子影郎が殺人犯と判明するが、死体の見立てをやっていたのは少女たちだった。少女たちによれば、自分たちが絶叫の死後、絶叫に誰が1番愛されていたかを巡って殺し合いが起こったとのこと。最終的には、本作品らしく愛憎入り混じる結末になった。

 

【今月今夜のこの月が僕の涙で曇りますように】絶望先生が「願ってもどうせ叶わない」といつも通りのネガ発言をした。それに対し、「現世で全ての願いが叶うわけがありません。イチローだって、前世で願ったからあんなにすごいんです。すごい人は皆、前世で願っていたんです。」と可符香がポジ発言を返した。「来世で願い事が叶いますよ」と可符香がいうと人が集まってきた。それを見て宗教の始まりだ、と絶望先生が言った。まさに本質だ。オチは、霧が「来世私は貝になりたい」だった。「来世で願い事が叶いますよ」共々、どこかオタクの願望を反映したセリフのように思えた。