懺・さよなら絶望先生 1話 レビュー

制作スタッフがオチに苦悩しているのが伺える。

 

【落園への道】冒頭、今度は独房に入ってしまった絶望先生。前作の初回では、某新興宗教に追われていたし相変わらず大変である。「ゲン担ぎを他人に強要すると迷惑だぞ」というメッセージを受け取るべき存在は、おそらくこのアニメを見ていないだろう。糸色望=絶望、縁起が悪いと独房に入れられてしまった絶望先生。結局は影郎が誰にも気づかれず鍵を開けてくれたため、絶望先生とまといは脱出した。前作最終回と同じく、影郎の活躍が歴史から葬り去られてしまって実に闇が深い。脱出後、望=縁起が良いと受験生に崇められる。しかし、絶望先生という作品にオチがない=落ちない=合格というのが崇められた真の理由だった。自虐というか、オチを気にしすぎる神経質さを感じさせた。日◯組を皮肉るシーンもあり、ネトウヨ文化の影響も感じられる。

 

【春の郵便配達は二度ベルを鳴らす】春の便りは悪い便りもあるぞ、という話。千里が登場し、お便りには返事を出しましょうと相変わらずの無茶ぶりが始まった。今作から、千里が何か言うたび画面左下に点や丸が出現したのはどういう意図だろうか。やたらと全裸の変態が登場した。やたらと政治的なワードを叫ぶ全裸変態もおり、本作はこれまで以上に政治に対する言及が増えそうである。オチは交が「便りがないのが良い便り」で締めてくれた。

 

【晒しが丘】

自分探しは自分晒しだ、と絶望先生が叫ぶ。自分探しより他人の粗探しの方が楽しいと言ったのに、「他人が醜態をさらすところなど興味がない」と絶望先生は自己矛盾を晒した。カエレがバスに乗ってきたところで終了。オチを次回に持ち越したのは本シリーズ初であり、斬新である。オチに散々悩んだ挙句、次回以降に持ち越すという決断はひとまず成功である。