Blue Gender レビュー 「キョムノセカイ」

 ※ネタバレ注意

 

謎の巨大生物「ブルー」に支配され、破壊の限りを尽くされた地球。それでも地球を取り戻すため、セカンドアースの住人たちは立ち上がった。 

 

目次

 

放映時期

 

1999年秋〜2000年冬(2クール)

 

見始めたきっかけ

 

とあるサイトで、マイナー度最高ランクのアニメとして紹介されていたため。人が死にまくる展開や、グロテスクな虫たちにも視聴を促されました。

 

推しキャラ

 

キース。あの状況にも関わらず異様なくらいイケイケで、ブルーの群れにも無謀な突進を繰り返すキ◯ガイ。しかし、キースが居たからこそ、マリーンやジョーイらがあそこまで生き延びれたのではないかとも考えられる。あそこまで好戦的な性格になったのは、度重なる仲間の死で精神がおかしくなってしまったからか。それとも、元々ああいう性格だったのか。

 

レビュー&採点

 

・作画(キャラデザインも含む) 15点

・音楽(BGM、op、ed、挿入歌、se) 25点

・ストーリー(話数の配分等の構成、話の面白さ、脚本、展開) 30点

・人物(登場人物にどれくらい魅力があるか) 20点

・独自性(世界観や提示される概念など、何らかのオリジナリティがあるか) 30点

・メッセージ性(制作陣は作品を通して何を伝えたかったのか) 20点

 

作画

 

9点/15点

 

作画全体の雰囲気は、80年代末のOVAを彷彿とさせる。しかしながら、際立った作画崩壊は見られず全体的なレベルはさほど悪くはない。通常の虫以外にも、カニやタコといった虫を含む漢字で表される水棲生物がモデルのブルーもおり、ブルーのデザインはよく考えられている。また、マリーンのキャラデザが異様なくらい美人である。

 

音楽

 

20点/25点

 

次回予告の際に流れる軽快なBGMが非常に良い。次回へのワクワク感を高めてくれる。劇中のBGMも良く、特に物語序盤で流れる曲のクオリティが凄まじく高い。

 

オープニング曲も盛り上がる良い曲。特に、「一筋の光を求め ひたすらどこまでもただ彷徨う」という入りが最高。絶望的な状況と不屈の精神を一文で表しており文学性すら感じる。

 

制作に東芝EMIというレコード会社が参加しているため、音楽のクオリティは全体的に高い。

 

ストーリー

 

26点/30点

 

毎回のように予想を超える意外なストーリーが展開され、結末がどうなるか想像も付かなかった。仲間がどんどん死ぬ絶望的なストーリーと思わせて、予想外に熱い展開になっていったのも最高である。マリーンたちの被っているヘルメットが妙に敵っぽかったり、「人間もブルーも害虫だ」という趣旨のセリフが飛び出したり、思わぬ箇所が伏線になっていたのは流石。終盤の展開は常人の理解を超えていたため、評価を下げている。

 

人物

 

14点/20点

 

各キャラの心情はそれなりに掘り下げられていた。しかし、規律の厳しい軍ゆえか、登場人物のキャラが全体的に薄い印象である。祐司と両親とのやり取りや、タカシとのエピソードをもう少し描いていれば、物語がより厚みを増していたと思う。

 

最高議会の面子を始め、登場人物の多くがそれぞれの信念を貫いて行動していたのは大変良かった。

 

セノ・ミヤギの、碇ゲンドウのようでもあり、気難しい芸術家のようでもある独特の雰囲気が物語に深みを与えている。

 

独自性

 

27点/30点

  

随所で露骨なエロシーンが展開されていたり、ブルーの内臓や血液などのグロシーンが修正なしで頻繁に登場する点など、深夜アニメ黎明期特有の雰囲気がある。お色気シーンの数々だが、いつ死ぬか分からない世界観を踏まえると、かけがえない生の輝きの表現に昇華されている。エロシーンが単なる視聴者サービスではない、作品のテーマとも関わる非常に深い表現となっているのは大変珍しい。

 

メッセージ性

 

15点/20点

 

ジブリ作品でよく見られる「人類自体が地球にとっては害悪」というメッセージが、この作品でもひしひしと伝わってくる。

 

総評

 

79点。予想外の展開や意外と熱い展開など、ストーリーは面白かった。ブルーのデザインをはじめ、設定はよく練られている。おそらく、設定資料は非常に分厚いはずである。ただ、それぞれの人物の掘り下げが今ひとつであり、印象に残るキャラが少なかったのは残念。こと日本のアニメにおいてキャラの魅力は何よりも重要と思われるため、個性の薄いキャラが多いこの作品の評価は上がり難いだろう。

 

Blue Genderの意味を考察する。

 

blueは、本作品で無数に登場する虫である。genderは、社会的な性別である。

 

作中においてブルーは、卵という形で子を産んでいた。通常、動物はオスとメスがセックスすることで子供を作る。しかし、作中においてブルー同士がセックスするシーンは一切描かれていない。もっと言うと、子を産むまでの生殖過程は作中では一切説明されず、ブルーに雌雄の区別があるかどうかも不明である。

 

とすると、ブルーにはブルーという性別のみ存在すると考えることもできる。オスでもメスでもなく、ブルー。実際にはブルーの生物学的性別は不明だから、人間の側で社会的な性別を当てはめるより他はない。

 

以上から、blue genderの意味は「人間の側から見た、ブルーの性別」となる。

 

これでは、今一つ納得しかねる。

 

もう少し考えてみよう。

 

作中の世界では、地球の実質的な支配者はブルーである。ならば、地球で最も大きな社会はブルーの社会になる。雌雄の区別が不明だから、雌雄の代わりにブルーを社会的な性別とみなすより他はない。

 

一方、人間はいくら子供を産んでも地球の意志を受けたブルーに殺されてしまうし、人間はほとんど絶滅しているため、社会的性別の意味は実質上皆無である。

 

まとめると、地球上で男女の社会的性別が無意味化し、「ブルー」という社会的性別のみが意味を持つようになってしまった現状を皮肉って「Blue Gender」というタイトルを付けたと思われる。